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金沢の伝統工芸品

金沢には、藩政時代から培われてきた、伝統・文化・城下町風情が息づいています。
同時に、数多くの伝承を礎として、わが国では京都に並ぶ伝統工芸王国であり、国内外からも大きな評価を得ています。
現在、当地において確認されている伝統的工芸品は、26業種とされていますが、本来、人々の暮らしの中に密着し、日常生活で使用されてきたものであります。その意味では、私達にとって当地の生活習慣や文化を感じることが出来る身近な存在と言えるものです。ここで、受け継がれてきた素晴らしい伝統的工芸品をご紹介させていただきます。

九谷焼
加賀友禅
金沢漆器
金沢箔
金沢仏壇
加賀繍(加賀刺繍)

九谷焼
創始期の「古九谷」は明暦1655年頃に九谷(現山中町九谷)の鉱山から陶石が発見され加賀藩の後藤才次郎が肥前有田で陶技を習得し九谷の地で窯を築いたのが開窯とされている。九谷焼は加賀百万石文化の豪放華麗な美意識に強く影響され上絵付に特徴がある独特な力強い様式美を築いた。元禄(1700年)頃に突如廃窯となったが文化(1806年)頃に再興九谷の春日山窯の開窯を始めとし以後吉田屋窯、宮本窯、永楽窯等数多くの窯が出現した。明治には彩色金襴手の庄三画風が有名となり、輸出も盛んに行われ、産業九谷としての地位を築いた。

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加賀友禅
約500年前頃から既に存在していた加賀染を主体とし、享保年間に宮崎友禅齋が京都から金沢に移り、加賀友禅の染色技法を確立したといわれている。加賀友禅は草花、山水など自然描写が多く、写生調でありながら単純化、省略化などの工夫された表現がとられており、色彩は五彩を使った暖色系が多く、ボカシや虫喰いの手法を多く使っていることが特徴である。また金沢の風物詩であった「友禅流し」は一部を除いて現在では主に加賀友禅染色団地の人工川で行われている。

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金沢漆器
三代藩主前田利常が京都から蒔絵の名工五十嵐道甫を招いて技術を伝えたのが始まりである。金沢漆器は蒔絵、卵殻、平文など漆器の加飾技術がすべて伝えられており、藩の奨励によって発展したため、現在においても美術工芸品を主とした茶道具、調度品などが製作されている。また、蒔絵と共に塗りの技術も導入され、鞘塗りとして知られる変わり塗りの技術はその種類の豊富さ、技術の高度さなど金沢漆器特有のものとして評価を得ている。

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金沢箔
起源は明らかでないが文禄二年以前に製造されていたことは確かであり、16世紀後半に京都の箔打ちが移入されたものと思われる。箔は仏壇仏具、漆器、織物、陶磁器など各種の工芸に欠かせない材料であるが、近年は箔を主体にした製品も造られ、また、建物の内装にも使われるなど箔の用途も広がってきている。金沢で箔の製造が盛んになったのは藩の保護奨励策にもよるが、金沢の気候や水質が製箔に適しているためで、その品質は高く評価され、国内生産の99%を占めている。

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金沢仏壇
三代藩主前田利常は細工所を設け、多くの職人を養成したが、これら細工所の流れをくむ職人が、浄土真宗の浸透によって不可欠となった仏壇の需要にこたえて製作するようになった。金沢仏壇は耐久性を重んじた素材選びと、漆工芸の伝統を受けた、塗り、蒔絵、木地のままの欄間彫刻など堅牢で上品な仕上がりが特色である。

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加賀繍(加賀刺繍)
起源は加賀地方への仏教の布教とともに打敷等の仏具の加飾として京都から伝えられ江戸時代には"加賀繍""加賀繍箔"ともよばれ、技法が加賀染の加飾の一部として定着し陣羽織、火事装束、長刀、袋等にもつかわれ大いに発展した。明治期となって輸出、内需向けのハンカチの生産が主力となり、大正と昭和期のはじめに本格的に半襟、帯、着物等に刺繍が復活。産地定着をみた。"加賀繍"は豪華絢爛。ひと針ひと針精根込めて繍いあげられ、繊細な美しさをもつ手刺繍として高級呉服はもとより衝立、几帳などインテリア部門にも進出している。

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